大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(合わ)493号 判決

被告人 大倉晴美

昭一四・一一・一三生 家事手伝

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、七才の時実父秀太郎と死別し、その後間もなく母が大倉秀次と再婚したので、その連れ子として育てられ、中学校卒業後菓子店の住込店員、ボール箱屋の工員などをしたが、心臓脚気を患つてからは自宅で療養していた。一方その頃、継父の秀次は中風で倒れ、母も長年の肺結核が直り切らぬ有様で、一家の働き手は被告人と妹の笑子の二人だけで、昭和三六年頃から生活保護を受けて辛うじて生活していた。被告人は同年八月中旬頃東京で働きたいと考え、叔父の高橋操六を頼つて単身上京し、同人の世話で同年九月一八日から葛飾区水元小合町四三〇番地日本住宅公団金町団地内八号館内会社員小穴勝雄方に住込の家事手伝として働きながら、生活に窮している両親のもとへ給料の大半を送金していた。右小穴方は、妻久仁子及び長男博司(当時二年七ヵ月)の三人家族であつたが、主人の勝雄は会社員であり、妻の久仁子は出産を控え、その手当や、不眠症の治療などのため毎日のように病院に出かけるので、留守勝ちであつたところ、被告人がおとなしく良く働き、子供の面倒も良くみたし、博司も被告人になついているので、夫婦とも安心して博司を被告人に托していた。被告人はもともと内向的な性質であつたが、前記のような家庭の事情にしばられて思うように就職もできず、又良い縁談があつてもまとまらなかつたことなどから、自己の将来について悲観的になつていた。そのうえ、被告人が小穴方に就職して間もない同年一〇月上旬頃、母の病状が悪くなつたから、もう少し余計に送金するよう連絡を受けたため、被告人はますます前途をはかなみ、久仁子が使用していた睡眠薬イソミタール一〇錠を飲み自殺を図つたこともあつた。被告人はその後も引続き小穴方で働いていたが、久仁子から言葉遣いについてしばしば注意されることがあり、内心それを快く思つていなかつた一方、日中留守勝ちな久仁子は、夕方帰宅すると、博司を可愛がる余り、博司がいたずらしたり、被告人にうるさく付きまとつても大目に見ているので、被告人は時に博司をわずらわしく感ずることもあつた。被告人は生理日の前後二、三日は気分がいらいらする体質であつたが、同年十二月の生理日は五日頃終り、同月八日は丁度そういう状態にあつたが、同日昼頃久仁子が外出した後、被告人は、いつものように博司と二人で留守番をしていた。同日午後二時過ぎ頃博司が鋏を持つて遊んでいたので、被告人は危いと思い、これを取り上げたが、その際博司から「ばか」「おうちへかえれ」などと云われたので、かつとなり、博司が覚えたての言葉を面白半分に意味も判らず使つていることも忘れ、これも母親の久仁子がそう言わせるからに違いないと思い込み、日頃の欝憤を爆発させ、博司に対する嫌悪の念と久仁子への当てつけから、とつさに博司を殺害しようと決意し、たまたま同家の薬品箱内にあつた「アモバルビタール錠」(イソミタール)一〇錠(一錠中〇・一グラム含有)(昭和三七年押第一〇〇号の一の睡眠薬「イソミタール」のびんは、その空びんである)を風邪薬だと言つて、水を用いて二錠ずつ博司に嚥下させた。(「アモバルビタール」(イソミタール)は、大人の常用量が一回に〇・〇三乃至〇・一グラム、一日に〇・一乃至〇・三グラムであり、大人の極量が一回に〇・五グラム、一日に一グラムであつて、二才七ヵ月の幼児にとつて、その一〇錠は優に死に至らしめるに足る量である)。その嚥下後一〇分位して博司が睡むそうにしてきたので、被告人は博司を二階に寝かせたが、そのうち博司が口から泡を吹き始め、脈も非常に早くなつてきた様子に驚き、二階に上つたり、下つたりしてうろうろしていたが、大変な事をしたと悟つた被告人は、博司の致死の結果を防止しようと焦慮した末、独力では、いかんともし難いので、警察官に頼んで病院に収容してもらおうと警察署派出所を探し回つたが、見当らなかつた。そこで、被告人は急ぎ帰宅のうえ、同日午後同三時四五分頃緊急電話一一〇番をもつて警察官に右事実を通報し、駆けつけた警察官の助力を得て既に意識不明の状態に陥つていた博司を直ちに付近の金町中央病院に収容し、解毒等の医療手当を加えたため、博司は一命を取り止め、治療約一五日間を要する睡眠薬中毒傷害を負わせたにとどまり、博司を殺害するに至らなかつたものである。

(証拠)

(一)  証拠の標目(略)

(二)  中止未遂の認定について

検察官は、被害者博司が死の結果を免れ得たのは、被告人自身の行為によるものではなく、犯行時から約一時間後になされた被告人からの申告によつて駆けつけた警察官の手により、博司が病院に収容され、医師の手当を受けた結果であつて、被告人の申告という行為も博司の死の結果防止に対して、広い意味で因果関係がないとはいえないけれども、被告人以外の第三者の行為が介入したことによつて博司の死の結果が防止されているのであるから、本件の場合、中止犯の成立に必要な真摯性を欠くものといわなければならない。したがつて、本件は殺人の障碍未遂である旨主張する。

しかしながら、本件のような犯罪の実行行為終了後におけるいわゆる実行中止による中止未遂の成立要件とされる結果発生の防止は、必ずしも犯人単独で、これに当る必要はないのであつて、結果発生の防止について他人の助力を受けても、犯人自身が防止に当つたと同視するに足る程度の真摯な努力が払われたと認められる場合は、やはり、中止未遂の成立が認められるのである(大判昭和一二年六月二五日刑集一六巻九九八頁)。ところで本件においては、被告人は、判示のように、博司を殺害しようとして、一たん睡眠薬を飲ませたものの、間もなく大変な事をしたと悟り、そのまま放置すれば、博司が当然死に至るべきを、自らその結果を防止しようと、あれこれ焦慮したのであるが、博司の苦悶の様相を見て、もはや独力では、いかんともし難いと観念した被告人は、警察官に自ら犯行を告げ、その助力を得て博司を病院に収容するほか博司の生命を助ける手段はないものと考え、付近の警察署派出所を探し回つたが、見当らなかつたので、判示のように緊急電話をもつて事態を警察官に通報連絡した結果、直ちに博司は病院に収容され、医療処置が講ぜられたことにより、博司の一命を取り止めたのである。博司は、当時既に睡眠薬中毒のため生死の境にあつたのであつて、もとより、かような場合における医療知識のない被告人に応急の救護処置を期待し得べくもなく、博司の生命を助けるため、被告人が右のような処置を採つたのは、被告人として精一杯の努力を尽したものというべきであり、その処置は、当時の差し迫つた状況下において、被告人として採り得べき最も適切な善後処置であつたといわなければならない。

もつとも、前記の警察官に対する緊急電話による通報が犯行時より約一時間後になされているが、それは、日常留守勝ちな小穴家の家庭内にとどまつて、ほとんど外出する機会もなかつたため付近の地理にも不案内な被告人が、前記のように警察署派出所を探し回つたことなどのため時間を経過したことによるのであつて、被告人の結果防止の努力の真摯性を失わせるものではない。そして、被告人の当公判廷(第三回公判)における供述、被告人の司法警察員に対する自首調書及び証人一谷富一の証言によれば、駆けつけた警察官に対しても、被告人は率直に自己の犯行を告げて博司を寝かせた二階に案内するなど、速やかに博司に対する救護処置が講ぜられるよう必死になつて協力していたことがうかがわれ、被告人が前記の応急処置を採つた前後における被告人の態度もまた極めて真摯であつたことなど諸般の情況を総合考察すれば、本件の場合、被害者博司が死の結果を免れ得たのは、警察官及び医師の協力を得たことによるのではあるけれども、被告人としては、博司の死の結果を防止するため、被告人自身その防止に当つたと同視するに足るべき程度の真摯な努力を払つたものというべきであり、被告人の判示所為は、殺人の中止未遂と認めるのが相当である(検察官の援用する東京高等裁判所昭和二五年一一月九日判決―高等裁判所刑事判決特報第一五号二三頁―は、具体的事案を異にし、本件に適切でない)。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行当時月経時の影響で気分不快な変調状態にあつたもので、心神耗弱の状態にあつたと主張する。なるほど、被告人の当公判廷(第三回公判)における供述及び被告人の検察官に対する昭和三六年一二月二五日付供述調書によれば、被告人は犯行当時は生理日の三日位後であり、多少気分がいらいらして変調状態にあつたことは認められる。しかし、右の証拠によつて認められるように本件犯行の際、被告人は睡眠薬を風邪薬と詐り二錠ずつ飲ませていること、薬を飲ませた後博司が口から泡をふき出すなど苦悶の症状を呈するや、自己の非行を反省し、自らその犯行を警察官に申告して、博司の死の結果を防止するための善後処置を採つていることなどの本件犯行前後の状況及び被告人の当公判廷における供述態度に徴すれば、被告人が本件当時、未だ是非善悪を弁別し、またその弁別に従つて行動することの著しく困難な状態にあつたものとは、とうてい認められない。よつて弁護人のこの点の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二〇三条、第一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、右は中止未遂であるから、同法第四三条但書、第六八条第三号により法律上の減刑をした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処するが、博司の睡眠剤中毒症状は幸い適切な手当により軽快し、その影響は現在においては既に消失していること、被告人の生家は挙げて小穴家に深甚な陳謝の意を表し、小穴家においても宥恕の意思を表示していること、なお被告人は前科もなく、犯行後直ちに自首し、改悛の情も認められることなど、諸般の情状を考え合わせ、同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

以上の理由で主文のとおり判決する。

(裁判官 八島三郎 相沢正重 矢崎憲正)

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